この世の中には議論のできない人間が一定数いるので科学的に議論の場から隔絶する必要がある

今年の下半期一本目の記事でこんなことを言ってしまうのもどうかしていると思うのですが、思いついたらその時に残さないと後々後悔するので、他のことを後回しにしてでも取り敢えず書きます。今日は午前中に起きれたのでちょっと時間に余裕があるのが幸いです。

議論のできない人というのは、本質を理解できない人です。

例えば、国会での議論の方向性は「日本を、結果として社会全体をより良くしていくため」でなければならないはずなのに必ずしもそうなっていないでしょう。公選で選ばれてるだけ国会はまだマシで、企業の管理職のほうが正直ひどいと思いますけどね。はっきり言って自分のことしか考えていないようなF*ckin'上司が多いんでしょう。

しかし、議論のための思考が不自由なのは、社会にとって障害です。そして、残念なことに何をどう頑張っても自分と違う意見の者を叩くことしかできない人間も存在するのです。でもそんな人を議論に混ぜていたらよい社会になっていくわけがありません。だってそういう人たちは社会を良くするためにどうしたら良いかなんて一ミリも考えて無くて、自分たちの都合の良いように議論を捻じ曲げることしか考えていないのですから。

でもこの思考が不自由というのは、病に匹敵します。患者を議論の場からは遠ざけるようにしなければ社会は破滅すると思われます。良貨は悪貨を駆逐するし、現にしているので、殺られる前に手を打つべきだと思います。そして、この患者さんたちは感情論に議論を持って行きがちです。

そこで、これを科学的に判別して、ちゃんと脳科学的に変異が見られれば学術的に病症に名前を付けて、社会をより良くしていくための議論をきちんとできるようにする必要があると思います。感情論には科学で対抗するのです。たとえ、豊洲市場のときのように歯止めが効かなくても、学術的に証明されていれば海外でも議論が起こるでしょう。

でもそんなことしたらかわいそうだとか、(ひどいから、自分たちが隔絶されてしまうので)おかしいとか文句をつけてくる人もおそらく居ます。でも、文句を付けてくるほうがおかしくて我々が正しいときもあるので、自分たちが正しいと思うときは、きちんと自分たちが正しいと常に主張できる必要があります。意見が押し切られてしまわないように。

本質を理解できない人を議論に混ぜないからといって、社会から切り離されるわけではありません。じゃあ認知症患者に議論に参加してもらいましょうよ。でも、彼らは自分たちの言ったこと、取った行動をすぐ忘れてしまいます。それどころか意見が一貫せず、その時々で全く反対のことを言うことだってあるんです。感情論者の大好きな責任を彼らは覚えていないがゆえに一切取れないし取ろうともしないわけですが、それでも彼らを議論に参加させることで議論の結論を良い方向へ持っていけると思いますか?

少なくとも、上記の特に「責任を取れない」という部分で感情論者の大半も納得してしまうので、認知症患者を議論の場に入れようとする人はほぼ皆無だと思います。そして、議論のできない人の代わりに本質を理解して、どのようにしていけば良い方向へ持っていくことができるかを本気で考えられる人間が議論に参加すべきなのです。そうすれば話の道筋が通って社会など議題となっているものをより良くしていくにはどうすべきかという議論に集中できると思います。

尤も、これを実現しようとした現状の究極の形が議員選挙だと思います。でも、議論ができない人を国会に放り込めてしまっているので、現状のままではダメだということです。ちゃんと科学的に議論ができる人、できない人を判別可能にする必要があります。

認知症の人も議論できる?
例として認知症を取り上げましたが、できないことをできると言って無理やりやらせるのはとても残酷なことです。そうやって無理にやらせてもできないものはできないし、その結果起きるのは何だと思いますか?

虐待なんですよ。

ただし、これは先天的な症状だけではなくて、教育の問題もあると思います。特に日本の国会、経営者を見ててもなんでこんなに馬鹿なんだと思うくらいどうしようもなく、本質を理解できていない(社会や会社を良くしていくためにはという議論の大元が頭から抜け落ちてる)人があからさまに多いです。でも平成の初めくらいまでは、明治維新の富国強兵から高度経済成長と一貫して世界をリードしていたと思うし、カリスマ的経営者も今より居たと思います。私はこうなってしまったのは戦後の教育改革が主犯だと思っていますが、ゆとり教育で自分で社会のために役立つためにどうしていったら良いか考える力が若干養われて、少しはマシになったんじゃないかなと思います。

だから現に、SNSが発達したからというだけではなく、まともな発言をしているツイッタラーが結構いるんじゃないかなと思うのです。

これは言い過ぎかもしれませんが、特に戦後生まれの団塊世代以降から就職氷河期前の世代までは高度経済成長に寄与することもなく学生運動で政治を乱し、先人の力で得たバブルを散々楽しんで、平成では無能を見事に晒した人が多い世代なのでこれからどんどん老害は増えていきますが、それに立ち向かって若者に都合の良い社会、未来を良くしていく社会に是正していかなければいけません。

科学に基づいた改革は、とても公平だし社会をより良くしていくために先進的だと思います。

日本の社会はかなり発達しているものの、それゆえ相当の弊害を持ち合わせてしまっていると思います。だからその先に行かないといけません。全然完全体ではないので、次のステップへ、より良い社会を目指して。