博士課程を振り返って
どうもこんにちはTakashiftです。
ご存じの方もいると思いますが、私、紆余曲折あって単位取得満期退学することになりました。
D進自体は自分から進んで堕ちていき進学したんだけど、まあこうなったことも、でも就職できたことも予想はできなかったよね(笑)
まだ博士号取れてないけど、大学院での生活というのは満期退学することで一旦終わるので、現時点で博士課程を一旦振り返りたいと思う。いや、振り返りたいというか、今の気持ちを綴りたい。
前回Twitterの発言をまとめてTogetterみたいにしちゃったけど、やっぱりちゃんと文章を書きたいなという欲が私の中にあるので、これから少し余裕ができると思うし、少しつらつら書いていきたいと思います。
3年間、振り返って思うのが、全然自分のしたいことができなかったってこと。
気休めに配信やらTwitterやらやってたけど、それらは本当にしたいことじゃないというか。
アニメやニコニコやYouTubeを見ることはあったけど、それらは受動的な活動であって、私の本当にしたいことは能動的に何かを世に出すこと、ブログを書いたり、プログラムや動画や創作物(イラストや小説)など作品を世に出すことだったので、本当にそれらができずに、ただ今の研究でいい成果が出るようにひたすら作業するだけの日々は辛かった。要するに趣味もしたかった。
博士(工学)でプログラマーでCG制作者で現役言語処理系メンテナーで俳優をやっているというこの方(GitHub)みたいに。
24時間研究しろと言われ、楽しいことが一切ない奴隷のような生活をした3年間だった。
だから3年間があっという間に感じる。
振り返っても全くもって味気ないものだった。
無駄ではなかったかもしれないけど、中身の無い3年間だった。
趣味は大事だなと思った。人生の楽しみを奪うということは人権が無いのと一緒。24時間研究しろというのは実質そういうこと。
そもそも、そういうのは自分からやってる人がいるというだけであって、誰かが強制して良いもんじゃない。
研究に没頭できなかったのはなぜか?
理不尽なことで突如として怒鳴られたり、パワハラに悩まされず、無闇矢鱈に成果だけを急かされたりせず、自分のペースで好きなようにわからないところを勉強できていたら、それはそれはもう没頭できたと思う。これが研究に没頭できなかった根本的な問題。人間関係なんて言ってしまうとぼやけてしまうけど、はっきり言って指導教員の人間性と監督内容の問題。
本気で取り組めるものがなくなっちゃった。
研究を最優先しなければいけない以上、他に本気で取り組むことは出来なかった。
ぶっちゃけドクターの研究は全然本気でやってなかった。むしろサボることばかり考えていた。そもそもうつ状態で心療内科に通ってて薬ももらってたし、身体をこれ以上壊さないことが第一だった。無理はできなかった。
一方で、そもそもちゃんと年限内で研究が終わるかすらわからない環境で手も抜けなかった。100%出し切ることができるような状態じゃないけど、延々とやらなきゃいけないと思って手を付け続けるという感じ。
半分の人がオーバードクターする世界。
まあ、結局終わらなくて満期退学になっちゃったけど。
これからどうなるかも不安。就職してうまくやっていけるだろうか?
たまたまご縁があって大学で働くことになったけど、研究分野への興味はさておき、別に特別アカデミックに思い入れがあるわけでもないし、この業界にこだわって幸せになれないなら早々に学術界隈を離れるつもり。
こんな事言うとどっからか怒られのありがたいちくちく言葉がコンプライアンスのオフサイドを超えてシュゥゥゥーッ!!してくるかもだけど、でも実際に今のアカデミック業界は働き手のことを考えておらず、遺伝的アルゴリズムガン無視の勝手な選択と集中政策を頑張って絶滅まで推し進めているかのようで、とてもじゃないけど今のままの環境で階段を登っていって骨身を削ってまでやっていても幸せになれるとは思えないので、そういう人はたくさんいると思うけど仕方ないよね。
私は民間研究職でも良いと思うし、何なら研究職でなくても楽しければ全然いいと思ってる。博士号があればどうせまた戻ってこれるし。一応危険物取扱者免状も持ってるし、働き口はいくらでもあるはずなので。あ、指導教員には軽く馬鹿にされながら民間研究職を勧められましたけど(爆)
というわけで、以上が3月末にこの記事の草稿を書いた時点での私の気持ちです*1。
就職して余裕ができそうなんて言ってたけど、4月にいざ入ったら逆に嘘みたいに自由時間が無くなって困ってますw
まあ、心の余裕は少しずつでてきてるかもしれないけど?
それもまあまだ学位審査が終わってないので、完全ではないというか。
体重がD進後に15kgも増えちゃって、でもそれはD進した4月時点ではまだなくて、翌年の4月まで1年の間に一気に増えたものなので、本当にD進におけるストレスって凄かったんだなぁってめちゃくちゃ思います。特にD1の7月の国際会議での発表前のスライド修正のときの教育上何の正当性も無い「俺の時間を何だと思ってるんだ、俺に忖度しろ」というだけのケアレスミスへの当てつけ(怒鳴られ)は酷く指導教員に裏切られたというか、それまでに積み重ねてきた「この人はきついことを言うし、いちいちキレて怒鳴りつけてくるけどなんだかんだ学生の事を考えたことを言ってくれている」という信用を失うものとなり、私の中の指導教員に対する考え方が一気に変わっていくきっかけとなりました。
コロナ禍と被ったから太ったんじゃないかという疑惑も思い浮かんだけど、流石に普通10kg以上も増えたりしないし、研究室にも頻度は減ったものの割と通ってて、自転車で週2で20分必ずD1から指導教員に強制された英会話学校に行ってたりしたので(あと大学周辺はスーパーの距離もそこそこあって毎回そこそこの距離往復してた)、運動は結構普通にコロナ禍前と変わらずというか、寧ろ増えたんじゃないかぐらいでした。
まあ、博士課程に進学したのは一種の賭けで、この研究室はヤバいと思ってM2の頃に脱出(別の院にD進)を企てたりもしつつも、放任のところで博士取ろうとしたら無理そうという気持ちもあったから、不要なハラスメント大盛り大サービスでもそのままのラボでD進してしまったので、なんだかんだ博士号を取れたら結果オーライになるかもしれない。
博士号が取れたらまた気持ちが変わるかなー?
学位が取れたらもう一度振り返りたいと思います。
*1:そう言いつつまあまあ加筆してる